フォントにうるさい、と言われます。
でも書きましたが、フォントに拘ることがどうして大事なのか?
フォントはどういう役目をはたしているのか?
新聞各社のフォントが違っているのをご存知ですか?
重版出来!は大手出版社で編集などをして働く人たちの仕事に対する漫画です。
その中で編集者と対峙する創作者の拘りも強い物語です。
小説家が自分の小説には独自のフォントを使って欲しい、という話があります。
その中で編集者はフォントというものの違い、その違いで現わされるイメージに気づいていきます。
「新聞ごとに書体が違う」と言われて確認する、というシーンですが。
その拘りは何かわかりますか?
新聞社ごとのカラーやイメージを変えている、というのも正解。
そして小説などの雑誌とは行間が狭いので新聞紙面上で読みやすくする、というのも正解。
様々な理由があってフォントが違っているのですが、その拘りは何から来ているのでしょうか。
フォントは誰のためにあるのか考えてみる
一般家庭で新聞をたくさん取っているところはあまりないと思いますが(そもそも新聞を取る家庭も減っていますね)
雑誌や小説など、フォントが違うという事に気づく人がどれほどいるでしょうか?
わかりやすい例なら「絵本」
子供むけなので一文字一文字がはっきり見えてかつ柔らかい印象にしたい、子供むけでもヒーロー紹介ものならしっかりした印象で表現したい、と色々なフォントがあることに言われれば気づくと思います。
しかし、子育て中の人でも絵本を色々読んでいて「フォントが違う!」と気づく人いますか?
ほとんどいないと思うのですが、それは気づかないのが悪いという話ではなく「本当にいい仕事は目立たない」せいです。
その雑誌・小説・絵本にピッタリのフォントなので気づかないのです。
出版業界がそれほど「目立たない」仕事をしてきたフォント。
今のメディアの主軸はウェブになっていますが、ウェブで仕事をしている人たちはなぜフォントに拘らないのか?
そのフォントは誰のためにあるのか?が疑問なのです。
フォントに統一性がないと違和感が残る
小説でフォントに拘る理由は印象の他にも「読みやすさ」があります。
人間は長文を読むときにカナを無意識のうちに飛ばすと言われています、その分漢字を読み取り飛ばしたカナの部分を補完するのです。
とすると全てが同じ調子のゴシック体だと結構読みづらいんですよね。
なので雑誌メディアでは明朝体が多く使われています。
ウェブメディア、とくに個人ブログを見るとゴシック大好きですよね。
ゴシックが悪いとは言わないのですが、統一感のないフォントを並べられると視覚から入った情報に違和感を感じます。
アニメ キルラキルで使われたラグランパンチというフォントですが、これをアイキャッチで使うととても力強いイメージです。
ブログ記事中のアイキャッチならともかくLP内でこのフォントが入ってしまうとどうでしょうか?
ここに目が惹きつけられてしまって他に何も情報が入ってこない状況になります。
全てを同じフォントにする必要はないのですが、「違和感」のないフォントで統一することはとても大事なのです。
再度、フォントは誰のためにあるのか?
でも書きましたが、フォント→フォントを使う記事は誰のためにあるのでしょうか?
自分の好みよりその記事を読んでもらう読者に合わせたフォント、デザイン、サイトテーマになっているかを考えてみる必要もあります。
少し前にワードプレスでSANGOというテーマが爆売れした事があります。
柔らかいイメージのテーマですが、そのイメージは果たして運営ブログに合っているのか?
読者はそのイメージを求めているのか?考えずに導入すると下手をすると読者離れをおこしてしまいます。
ワードプレスのテーマは自分でカスタマイズすることでどんなイメージにもできるWordPressテーマ『ELEPHANT~エレファント~』を選ぶ事をおすすめします。
そして違和感を持たせずに見せる、というところに拘った結果フォントが大事という結論になるのです。